個展等の活動+ご本人

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個展等の活動+ご本人 2017-03-12T11:50:51+00:00

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個展

今までに2回、1994年のP-HOUSEと2015年の世田谷文学館で開かれています。

岡崎京子展「戦場のガールズ・ライフ」(工事中)

(c)岡崎京子岡崎先生の原画を中心とした個展が開かれました。原画300点超&単行本未収録作を展示し、終了間際の3月29日には小沢健二氏によるライブも行われました。

2015年1月24日-3月31日、世田谷文学館
アートディレクション:祖父江慎
スケジュール Fashion Press
Comic Natary

レポート

藤本由香里『街の時計・時代の時計…』ACROSS
小沢健二ライブSTARDUST RENDEVOUS


400ページ豪華カタログ+新刊二点同時刊行


(5/20/2015)

『第1回個展 ぼくらはいったいどこに行くのだろう』

岡崎京子第1回個展1994年春、東京/渋谷のP-HOUSEにて
P-HOUSEの第1回企画。小さなスペースに、針の芝生に寝転がるシャツとジーパン、正面の大きなボードに描かれた(私の記憶では)背中合わせでオナニーするカップルの絵、解剖されたネズミ、愛読書、原画、職場でのインタビューのビデオなどが展示されていた。シンポジウムもあった。
ディレクター:布施英利/コーディネーター:村上隆/アドバイザー:椹木野衣


岡崎&布施@p-house布施さんと岡崎さん

岡崎京子第1回個展

①P-HOUSEのレポート再録:sitebbiwの「非公式HTML Vr.
②2012年11月美学校での中ザワヒデキ氏による講義 →USTREAM

ブログ田原書店外伝
村上隆@DICTIONARY


以下はP-HOUSEのチラシ→具足虫さんのtwitterから。具足虫さんありがとうございます!
P-HOUSEチラシP-HOUSEチラシP-HOUSEチラシP-HOUSEチラシ

原画展

吉祥寺パルコで原画展があったらしい(佐竹、1998)

審査員、講師

1994年頃から、積極的にマンガや映画の審査員を引き受けていたようです。

ぴあフィルムフェスティバル

1996年のPFFの審査員を打診されたが、その一週間後に事故にあったとのこと
PFFディレクターブログ

水戸芸術館ワークショップ:相談芸術大学

1995年4月1日〜5月28日、水戸芸術館のワークショップに講師として(?)参加。

GOMES 漫画賞

PARCOのフリーペーパー『GOMES』の漫画賞『GOMESマンガグランプリ’95』で、吉本ばななやしりあがり寿らとともに審査員を務める
→骰子の眼『マンガ漂流者』第22回
→1992年、「パルコ GOMESマンガグランプリ’93」で岡崎京子賞を受賞した風間サチコ氏の公式サイト
→『GOMES』とは

イメージフォーラムフェスティバル

1994年に審査員を務めたようです。『女性作家の怖さと開放』と題して審査員講評を雑誌『イメージフォーラム』に書いています。
『私は貴兄のオモチャなの』(『私は貴兄のオモチャなの』に収録)の元ネタとなった歌川恵子『みみのなかのみず』が上映されています。

また、1994年制作の村上賢司『水心』の評も書いています。 →村上賢司ブログ

第1回TOKYO FMショート・ストーリー・グランプリ

1992年に審査員を務めたらしい。

「『はじまりは、恋』TOKYO FM出版、1992。北方謙三、林真理子、村上龍、岡崎京子、見城徹の5氏が、全応募作品6,329編の中から選び抜いた珠玉の10編」

グランプリ受賞は中山可穂
『ルイジアンヌ』(参考:WEB本の雑誌

佳作は狗飼恭子

『東京国際最低8ミリ映画祭』

80-90年代の毎年末に、池袋文芸座ル・ピリエで開催された映画祭。本当に最低な自主制作映画ばかりだった。手塚眞ら主催。審査員として参加。

←1993年の映像(先生はトナカイの帽子をかぶっています)

→ブログ『とんち協会&滑稽珍聞
→手塚眞公式サイト
→岡崎京子賞受賞作
youtube『恐怖!プルトニウムダンサー』
youtube『らくがき怪獣ガヴァドンA』

『三宅裕司のいかすバンド天国』

1989年5月13日にゲスト審査員として登場 →Wiki

その他

俳句の会『鼻めがねの会』

サエキけんぞうや小西康陽もメンバーだった俳句の会に入っていた。(ふかわ、1999)
メンバーは他に尾上文、ヌマゲン、AKI、サリー久保田、井出千晶、田口章子 →サエキけんぞうTwitter
1991年頃から岡崎先生の事故前まで。→森本美由紀公式ブログ
鳩山先生も参加 →鳩山郁子twitter

オカザキ

岡崎京子1963年12月13日、東京下北沢生まれ。射手座/B型。

高校在学中から投稿雑誌『ポンプ』にイラストなどを投稿していた後、跡見学園短大在学中に『漫画ブリッコ』 (白夜書房)1983年6月号より連載の「ひっばあじん倶楽部」で商業デビュー。「新しい女の子マンガ」を開拓し、1989年『pink』で脚光を浴びる。
マンガにとどまらず各方面で活躍するが、1996年5月交通事故に遭い、以後休筆しリハビリ中。

2004年『ヘルタースケルター』で第8回手塚治虫文化賞マンガ大賞と文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。

好きな花はスイートピー、好きな諺は「湯あがりは、親でも惚れる」。

1982年投稿誌『ポンプ』主催のイベント『カメラは鉛筆だ』にて。RadioSiozさんより
1982年投稿誌『ポンプ』主催のイベント『カメラは鉛筆だ』にて。RadioSiozさんより
1982年投稿誌『ポンプ』主催のイベント『カメラは鉛筆だ』にて。RadioSiozさんより
投稿誌「ポンプ」1983年8月号 表紙より
WebLonza 2015年2月28日中条省平岡崎京子は人間の内面の豊かさを信じていない」より。1986年撮影。
中条氏はフランス文学者で2003年の著書『名刀中条スパパパパン!!!』と『読んでから死ね! 現代必読マンガ101』で『UNTITLED』について書いています。
1986年渋谷のCSVて友人たちと。東京タワーズの岸野さんTwitterより
自室にて。週刊「FRIDAY」1987年2月27日号より
単行本『退屈が大好き』(1987年)より
週刊「anan」1988年10月14日号より
TV番組、詳細不明。
荒木経惟氏と。写真誌『プリンツ21』より
TDKビデオテープのTVCM(1989年)に、中尊寺ゆつこ先生、原律子先生と共に出演。これはその時のポスターより。
マガジンハウス広告(1989年)
単行本『ジオラマボーイパノラマガール』(1989年)より
『くちびるから散弾銃』初版1989年裏表紙より。装丁・写真はヤギヤスオさん。
単行本『ショコラな気持ち』発売記念。週刊誌『SPA!』1990年2月14日号表紙より
単行本『ショコラな気持ち』発売記念トークショー(1990年1月、池袋西武)にて。
お気に入りのぬいぐるみを披露。月刊「カドカワ」1990年8月号より
桜沢エリカさんとよく行くスパにて。月刊「カドカワ」1990年8月号より
月刊「カドカワ」1990年8月号より
フリッパーズギターの小沢君、小山田君と。月刊『PeeWee』1991年7月号より。
月刊誌「Crea」1991年8月号より
TV番組「ウゴウゴルーガ」(1993年)より
TV番組「ウゴウゴルーガ」(1993年)より
テイトウワ氏と。『Quick Japan』創刊準備号(1993年)より
テイトウワ氏と。『Quick Japan』創刊準備号(1993年)より
ヤギヤスオ『MINNA』(1993年)より
ヤギヤスオ『MINNA』(1993年)より
小沢君と対談した時。『パチパチロックンロール』1994年10月号より
 
布施英利先生と。第一回個展(1994年4月、渋谷のP-HOUSE)より
撮影荒木経維、1989撮影。「SWITCH」2000年1月号より
2003年度文化庁メディア芸術祭で優秀賞受賞時。文化庁メディア芸術祭サイトより